2012.08.06 Monday
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宮古の風便りある宮古島移住者の視点から
2007.02.28 Wednesday
ハスノハギリのこと
新城海岸の進入部のモンパノキ、その一方にながく伸びる緑帯脇の道に、おもしろい形をした実が落ちていた。 ホオズキのような、ゲゲゲの鬼太郎の目玉親父のような奇妙な形をしている。 目をあげると、その目玉がいっぱい梢にくっついている。 ハスノハギリの実である。 ハスノハギリは、「蓮の葉桐」で、葉が蓮の葉に似て材が桐のように軽いところからこの名がついたようだ。 宮古では、ウンブギと呼ばれている。 永良部・沖縄諸島以南の地域に生育している。 このハスノハギリは実のほかに葉っぱに特徴がある。 ふつう葉っぱの端にある葉柄が葉の下に、葉とほぼ同じ長さでくっついている。 このユニークな形をした葉は、オオバギが有名であるが、その葉脈のありようや葉の厚さ・質感が違うので、容易に区別できる。 左の写真がハスノハギリ、右の写真がオオバギである。 ハスノハギリの列植である。 おそらく防風・防潮の目的で植えられたのであろう。 「琉球政府」の名が刻まれたコンクリートの古い標柱が転んでいた。 2007.02.27 Tuesday
新城(アラグスク)海岸の石灰岩堤
新城海岸は、石灰岩堤が荒々しく海面に落ち込んでいる海縁景のなかに長くのびた白い浜辺である。 長く伸びた砂浜の端部は、大きな石灰岩が添在している。 オフシーズンのいまは、白い浜辺に人影はなく、たくさんの漂流物が点在していて興が冷めるが、 この浜の魅力はそうした点を除いてもあまりある。 全面に広がる大洋の色調の変容は、ことばを失う。 リーフの端で白波が立ち、その内側は別の色調で遠浅の海底が微妙に透けていて、晴れている日など筆舌に尽くし難い。 浜から振り向くと石灰岩堤の斜面にさまざまなミドリの多様な世界を見ることができる。 見ていて飽きない壮観な世界が伸びている。 そのミドリの多様な生育域を熟視してみると、 その基部の土の世界が透視できるのだろうが、その知識が乏しいのが残念である。 勉強しよう。 2007.02.26 Monday
新城(アラグスク)海岸のこと
ランチタイムによく行く裏底海岸からさらに東平安名崎のほうに進むと、新城海岸がある。 新城と書いて、アラグスクと読む。 これがひとの名だとシンジョウとなる。 宮古の多様性が名前にもあらわれている。 シーズン時には、ひとがいっぱいの新城海岸もいまはひとケはまったくない。 それで、ランチタイムがときどき新城海岸にかわる。 裏底海岸は、人工的な構築物がおおく、そのてん新城海岸は格別である。 人工的な構築物といえば、シーズン時につかわれる手作りの素朴なベンチやテーブルぐらいである。 それが、またいいのである。 新城海岸の浜辺は、モンパンノキの老木のあいだを進む。 モンパノキとはあったかい名である。 漢字で、「紋羽の木」。 紋羽とは、地質が粗く、柔らかく毛の立った一種の綿布、と辞書にはある。 宮古の海岸で、よく見かけるモンパノキ。 これほどの威風な感じを醸し出している老木は少ない。 老いた幹には独特の木肌があり、これがまたいいのだ。 葉塊は、本土の老松のように傘状でもある。 モンパノキは、宮古ではインスーキ、スソーキと呼ばれている。 また、その材から水中めがねの枠をつくったところから、ガンチョーギー(=めがねの木)とも呼ばれている。 モンパノキの特色のひとつは、その葉色であろう。 緑香のけむるパステル色は、色濃い亜熱帯のミドリの世界で奇異な感じさえする。 その質感は、まさに紋羽の名のごとくビロードのよう。 魅力的な色調であり、質調である。 また、小枝の先端に輪状にかたまった葉の中心の新芽は、テンプラにするとタラノメのような、フキノトウのような食感があるという。 これは、試してみなければ。 老躯からのびた枝にも加齢の美がある。 節くれのおおい枝は灰色をなし深いしわを刻み、容易に折れる老枝は刹那感をもっていて、すこし痛みに似た感情が湧いてくる。 度重なる台風時の外圧に耐え、老いていく美しさを、この木はただ黙って語っている。 2007.02.25 Sunday
オキナワスズメウリのこと
東京農大の実験室のそと、洗い場のまえにバナナが数本寄り添うように生えている。 そのバナナに痩身の蔓がからみついている。 よくみると小さなかわいい実をいっぱい着けている。 オキナワスズメウリ(沖縄雀瓜)である。 オキナワスズメウリは、ウリ科オキナワスズメウリ属に属する蔓性の一年草。 葉はハート形で、掌状に5〜7裂し、裂片は卵形から卵状披針形。 トカラ列島からみなみの島々に生育し、林縁部に生える。 沖縄では、道端のブッシュや林縁にごく普通に見られる植物である。 このオキナワスズメウリの特色は、その実である。 白いストライプが入り、スイカのような緑、トマトのような赤、ウリ坊のような茶色とさまざまに色を変えていく。 直径3センチほどのかわいい実が、さまざまな色に変化していくさまを観察するだけでもおもしろい。 掌のような葉っぱに見え隠れするかわいい実をみつけると、人知れずみずからの生を完成していくそのすがたには、やはり感動してしまう。 立派だとおもう。 かっこいいとおもう。 かく生きたいとおもう。 したに主な蔓植物をあげてみた。 カーソルを写真のうえにもっていくと名前がでるようにした。 ご興味のあるかたは、お調べいただきたい。 2007.02.24 Saturday
ハート型の石碑
裏底海岸と新城海岸のあいだの一周道路の脇の畑のなかに、ハート型をした石碑が建っている。 そして、道路の横には白い標柱に「九九式襲撃機 不時着の碑」と書かれている。 以前から、その前の道を通るたびに気になっていた。 ハートの石碑の脚部には、つぎのように刻まれた文面があった。 1942(昭和17)年1月24日、日本軍の九九式襲撃機が六機編隊で宮古島上空を飛行中、 通信兵と二人乗りの隊長機にエンジントラブルが発生、この地に不時着した。 岐阜県の各務原を飛び立ち沖縄本島経由で台湾・フィリピン方面へ飛行機の輸送任務中のことであった。 当時この地は、起伏が激しく、わずかな平地を探して着陸はしたが、 修理後の離陸を困難と判断した小田泰治機長(当時陸軍中尉 22歳)は、滑走路作りの協力を城辺村長に要請した。 これに応え、島内児童生徒・老若男女が連日作業に当たり、1ヶ月後には約幅30メートル、長さ300メートルの 手作り滑走路が完成、飛行機を無事離陸させた。 55年後「おかげで任務が遂行できた」と小田隊長が来島した際この現場を確認した。 ここに宮古島の子供たちをはじめ住民の親切・協力心をたたえ、 小田隊長の感謝の意を永久に伝えるために、記念碑を建立する。 1997(平成9)年6月吉日 60余年のまえの出来事である。 毎日の生活を送るだけでも苦しかった当時の島のひとびとが労苦したありさまは、想像にあまりある。 海から吹き上げてくる香風が、ハートの型をした石面をなでている。 2007.02.23 Friday
ソルゴーのある畑
ソルゴーは、アフリカ・スーダン地方にみられるイネ科の植物である。 そのソルゴーを換金作物のカボチャ畑のなかに筋状に植え、カボチャを風や害虫から守っている。 このように植えられる作物は、「障壁作物」といわれ、それ自体は緑肥として畑に鋤き込まれるくらいで、作物として収穫されたりしない。 わが身を挺して、貴重な作物を守っているのだ。 守っているのは、風だけではない。 害虫からも作物を守っているのだ。 虫たちにも、好き嫌いがあるようだ。 ナスビについて考えると、ナスビにはキイロアザミウマという害虫がやってくる。 ソルゴーにはヒメハナカメムシがやってくる。 キイロアザミウマの天敵はヒメハナカメムシなので、キイロアザミウマはヒメハナカメムシに退治されるというわけ。 ソルゴーにはたくさんのアブラムシがつくがナスビにはつかない。 カボチャとソルゴーとの関係もそのようなものだろう。 ソルゴーのような植物は、バンカープランツともよばれる。 バンク(BANK)、お金を貯めるという意味から転じて、天敵を貯えるという意味からそうよばれている。 この畑のカボチャはすでに収穫され、ソルゴーだけが主のいなくなった畑でつぎの主を待っている。 あしもとに収穫を忘れられた小さなカボチャがひとつ、ソルゴーに甘えるようにころがっている。 2007.02.22 Thursday
土地の売り出し
世は沖縄ブームである。 いつまで続くのか、宮古を訪れる旅行者も年々増加の傾向である。 多くの旅人が訪れてくれることは、なんともうれしい。 ダイビングの会社を経営されている猪澤さんは、「来れば来るほど、美しくなる島」と謳っている。 賛成である。 島外者が島を汚している、という風評を以前に耳にしたことがある。 しかし、実際に住んでみて、汚しているのはむしろ住民のひとでは、と感じるケースが増えてきた。 なんでも捨てる、車からポイポイ、いらなくなった冷蔵庫を崖から海へ、そんな光景をいろいろ見ると、ほんとうに寂しくなる。 みなが皆そうではないのは承知しているが、子供たちがおとなの捨てたゴミをひろっている。 そんな悲しい光景がときどき見られ、寂しくもなる。 みなみの島で暮らそうと、移住者も増加している。 そういうぼくも例外ではない。 移住者である。 そうした移住のニーズにこたえようと、アパートの新築も平良では増えている。 これでは、部屋数が余剰気味、いろいろ値崩れの問題も起こりそうだ。 さて、友利のキビ畑が整地されて売り出しに出ている。 沖縄本島の業者の大きな看板が立っている。 ここにも移住ブームの余波がうちよせて来ているのだ。 地域といい関係が築けるような、いい意味で刺激的な効果が生まれることを、願ってやまない。 2007.02.21 Wednesday
逞(たくま)しいいのち
みなみの島はいのちにあふれ、その吐息が聞こえてくるようだ。 木々の放出する吐息、草ぐさの吐き出す吐息が大地を漂い大気にけむる。 息づいているのは、ミドリばかりではない。 静態の岩や小石まで息づいている。 静かだけれど、深い息づきが蒼古から連綿とつづいているのだ。 そのことが、みなみの島ではよくわかる。 人為的な介入が少ないだけ濃厚につたわってくるのだ。 身に染み込んだ人為の残滓を、みなみの島の息づきが洗い落としてくれるようで、爽快になる。 そしていのちの輝きを、ふたたび内実として感知できることは最上の喜びでもある。 みなみの島で生きている。 いのちの放出のなかで生きている。 2007.02.20 Tuesday
不眠不休のモンスター
国道390号線を上野方面から新里に入り、消防署の横を下るとそこから旧城辺町。 その坂から見た砂川・友利の集落の美しさは以前にも書いた。 その下り坂から近景として目に入ってくるのが、宮古製糖城辺工場である。 集落景のなかでスケールアウトした感のこの工場がいま年に一度の24時間稼動をつづけている。 これは夜の工場である。 白い水蒸気が勢いよく立ち上がり、全身から加熱したエネルギーを放出している。 なかでは、季節工のひとびとが職員に交じって仮眠をとりながら働いている。 去年はぼくも季節工としてこのなかで働いた。 「結晶」というセクションだった。 ザラメ状の粗糖を遠心分離機で製品にするひとつまえの工程で、大きな樽で糖液を煮るこの工程は 肉体的にはしんどくはないが、コンピューター制御の多くのメーター相手で気がぬけなかった。 ことしは、そとから工場を見つめている。 田園の農風景のなかで休みなく働く巨大なモンスターである。 2007.02.19 Monday
葉タバコの畑と蒼い海
サトウキビ畑でキビ刈りが行なわれている農風景のなかで新しい農風景が彩りを添えている。 黒いビニール製の畦シートが、盛られた畦に長く敷かれた風景、葉タバコの畑である。 黒い畦を跨ぐようにして、二人乗りの専用の農業機械でリズミカルに苗を植えていくのである。 葉タバコは、ハウスで苗からつくられる。 その苗をトレーに何箱も積んで専用の植付け機で、一畦ごとに植えていくのである。 そして、このような風景がいたるところで見うけられるようになった。 黒いシートの穴から一日一日葉タバコの苗が大きくなっていく。 葉タバコは成長がはやい。 蒼い海を見下ろす丘のうえで、朝陽に黒いシートが輝いている。 |
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